ダブリン・ダブルデッカーバスのバスの車窓から

若い頃、アイルランド共和国の首都であるダブリン市に留学していた経験があります。ホームステイ・学生寮・普通のワンルームマンションなど、数年間のうちに何か所も住まいを変えたのですが、大学まで徒歩で通学できるほどの都心に住めたのは、最後の半年間だけ。それ以外はバスを使って、郊外から通学をしていました。

周知のことですが、アイルランドは長いこと英国の支配下に置かれていました。その事から英国文化に対しては、「反発もするけれどいい所どり」という感じの部分が多く、ダブリンバスの主要車両は、ロンドン同様のダブルデッカー仕様です。

とにかくダブリンは小さい町であり、そこで働く・学ぶ人たちの量は半端ではありません。日本同様、電車で近県からやってくる人、車で通う人とスタイルは様々ですが、やはり郊外部分から大量の人数を一挙に効率よく運べる手段として、ダブルデッカーバスは欠かせないのです。

この国の普通の光景として、小雨が吹き付ける早朝、勤め人も学生も子どもも一様に、傘を差さずに防水パーカーのフードをかぶり、ダブリン市のタウンカラーである青と黄色に塗られたメルセデス・ベンツのバスがやってくるのを、バス停の前でじっと待っているのでした。

私は少し離れた郊外に住んでおり、バスの中で過ごす時間が比較的長かったので、すぐに車両内の階段をのぼって2階部分へ行き、座っていました。この2階建て車両のよい所は、視界が実に高いということです。普通の背の高い観光バス車両、日本でよくある二階建ての在来線車両などと比べても、ずいぶん高いな、という感覚が感じられます。かなり遠くの方まで見渡せますので気分がよく、日本ではしょっちゅう車酔いしていたのが嘘のようでした。

ただ、そんなバスでも敵わないのが交通渋滞です。よく見渡せる分だけ、「うわー、車の列の先がもう見えない」というくらい渋滞しきっている中につかまってしまうことは日常茶飯事でした。冷房はついていないので、夏場はむせかえるような空気の中でじっと耐えなければいけません。空に近い分だけ、より強烈にじりじりと太陽熱に焼かれている…というような錯覚すら覚えました。

暇つぶしに、少し離れたところでやはり渋滞につかまっている乗用車のドライバーを観察したりします。焦ったり、いら立っているような表情の人は意外に少なく、のんびりと飲み物をすすったり、ハンドルにもたせ掛けたペーパーバックの本のページをめくっている…という人ばかりでした。

当時経済成長とバブルのまっただ中にあったダブリンですが、日本の日常であったぎすぎすした空気のようなものは、ほとんどありませんでした。バスから垣間見た風景にすら「こんなものだよ」という達観した雰囲気があったことは確かで、それこそが「アイルランド性」だったのかもしれません。

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